大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和50年(ワ)25号 判決 1976年11月19日

原告

茨城交通株式会社

右代表者

竹内幹三

右訴訟代理人

飯田淳正

被告

右代表者

稲葉修

右指定代理人

渡辺芳弘

外六名

主文

原告の第一次、第二次請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し金二、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年二月一一日から支払がすむまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二、被告

(一)  主文一、二項と同旨

(二)  担保を条件とする仮執行の宣言

第二  双方の主張

一、請求原因

(一)  原告は、昭和四六年三月一七日訴外吉田豊から、水戸市平須町北皿久保一、八二五番、原野三七、三三八平方メートル(以下本件土地という。)を代金七、八〇〇万円で買受ける契約(以下本件売買契約という。)を締結し、訴外高野孝治は売主訴外吉田豊の連帯保証人となり、同日原告は手付金として金二、〇〇〇万円を訴外高野孝治に支払つた。本件売買契約において、売主を訴外吉田豊、連帯保証人を高野孝治としたのは次の事情によるものである。

本件売買契約当時、本件土地の登記簿上の表示は、訴外金沢博一から訴外塚本寿に対し、昭和四六年一月二五日売買を原因として、同年二月二日所有権移転登記がなされていた。訴外高野孝治は原告に対し、本件土地は訴外塚本寿の名義をかりて自分が買い受けたものである旨、説明し、又訴外吉田豊は訴外高野孝治から依頼を受け、本件土地について住宅地造成事業に関する法律に基づき、茨城県知事に対し、住宅地造成事業認可申請をしていたので、本件売買契約において、訴外塚本寿から訴外吉田豊に直ちに所有権移転登記手続を行う約定のもとに、売主を訴外吉田豊、その連帯保証人を訴外高野孝治としたものである。

(二)  ところが、本件土地に訴外吉田豊の所有権移転登記手続がなされた後の昭和四六年四月一日、本件土地に水戸地方裁判所の処分禁止の仮処分命令による嘱託登記がなされた。これは、訴外金沢博一が、本件土地になされた訴外塚本寿への所有権移転登記は自己の意思によらないものであり、後記のように訴外野村源三郎らの印鑑偽造行使等によつてなされた無効のものであるとして、訴外塚本寿、訴外吉田豊に対し、各所有権移転登記の抹消登記を求める訴を提起するとともに、訴外吉田豊に対し、本件土地の処分禁止の仮処分命令の申請をなした結果であつた。

(三)  本件土地の登記簿上の所有名義を、訴外金沢博一から訴外塚本寿に移転登記手続をしたのは、次の方法によつたものであり、これがため、訴外塚本寿ほか八名(木村勇、川又正男、酒井孝市、長谷川清、野村源三郎、人見清治、丹羽寿、飯塚正治)は、印鑑偽造行使等により水戸地方裁判所に公訴が提起され(昭和四六年(わ)第二九二号印鑑偽造行使等被告事件)、係属中である。

1 昭和四六年一月一二日日立市役所に対し、勝手に訴外金沢博一が水戸市鍛治町に転出する旨の住民移動届を提出し、同日転出証明書の交付を受けた後、同月一六日水戸市役所に対し、訴外金沢博一が水戸市鍛治町七三一番地に転入した旨の住民移動届を提出し、住民登録上の住所を移した。ついで同日水戸市役所に訴外金沢博一の虚偽の印鑑登録申請を行い、同日その印鑑登録証明書の交付を受けた。

2 同月二五日頃、水戸市大町一丁目二番二九号司法書士立原清事務所において、訴外金沢博一から訴外塚本寿に本件土地を売渡した旨の不動産売渡証、訴外金沢博一が右立原に本件土地の所有権移転登記手続を委任する旨の委任状を偽造し、登記義務者の権利に関する登記済証の代りに藤枝三郎、野村乃江名義の保証書を準備し、印鑑証明書その他必要な添付書類を交付し、同月二六日右立原をして水戸地方法務局に所有権移転登記手続の申請をさせた。

3 水戸地方法務局は、不動産登記法第四四条の二第一項の規定に基づく照会を、昭和四六年一月二八日登記官内田卓二名義をもつて、水戸市鍛治町七三一番地金沢博一をあて名とし、郵便はがきで速達郵便(以下本件郵便はがきという。)に付したところ、同月二八日午後七時から午後八時の間に、前記川又正男が水戸郵便局を訪ね、集配課主事郵政事務官川津信に会い、同人から本件郵便はがきを受取り、裏面の回答欄に所定の記載、捺印をして右立原清に届け、立原清は同年二月二日本件郵便はがきを水戸地方法務局に届けたので、同日訴外塚本寿の所有権移転登記手続が完了した。

4 訴外高野孝治は、昭和四六年一月二九日本件郵便はがきを示されて信用し、同日手付金として金一、〇〇〇万円を支払い、ついで二月九日までに残金三、〇〇〇万円を支払つて右土地を訴外塚本寿名義のままで買受けた。

(四)  右の犯罪手段において、川津信が川又正男に本件郵便はがきを交付したのは、郵政事務官として重大な過失によるものであつて、これがなければ右犯罪の完成はなかつたものである。

すなわち、郵便はがきのあて先であつた水戸市鍛治町七三一番地という場所は水戸市内には存在せず、又金沢博一やその家族は水戸市内に居住していなかつたから、本件郵便はがきが配達に回されていたならば、直ちにあて所なしとして差出人である水戸地方法務局に戻される筈であり、そうすれば不実の所有権移転登記はなされなかつたものである。不動産登記法の前記規定はかかる犯罪を防止するために設けられたものであり、郵便業務を扱う者が忠実に職務を行つていれば、これを防止できたものである。しかるに郵政事務官の川津は、見知らぬ者が水戸地方法務局発送の本法郵便はがきを取りに来たのに対し、身分証明書の呈示を求めたところ、その男が呈示した自動車運転免許証の氏名と本件郵便はがきのあて名と違うので、代理人かと聞いたところ間違いないというので同人に本件郵便はがきを交付したものであつて、受取りに来た者が本人でないことを確認しながら本件郵便はがきを交付したもので、著しく注意義務を怠つたもので重大な過失に該当する。

(五)  訴外高野孝治は訴外塚本寿の所有権移転登記手続を信用して金四、〇〇〇万円を詐取され、ついで原告も右登記手続を信用して訴外高野孝治に金二、〇〇〇万円を支払つた。原告は訴外高野孝治が本件土地の所有権を取得しなかつたことを知つて本件売買契約を合意解除したが、訴外高野孝治は右金員を昭和四六年六月末日までに返還することを約束したが、その履行をしないので、原告は訴外高野孝治に対し、水戸地方裁判所昭和四六年(ワ)第一六八号のロ手付金返還請求事件の判決に基づき破産の申立をなし、水戸地方裁判所麻生支部は昭和四六年八月三〇日破産宣告をした。しかし原告が手付金として交付した金二、〇〇〇万円は戻る見込がない。従つて、郵政事務官川津の前記重大な過失により訴外高野孝治は金四、〇〇〇万円、原告は金二、〇〇〇万円の損害を蒙つたものである。

(六)  郵便は郵便法(昭和二二年法律一六五号)第二条により被告の行う事務であり、郵便事務官川津信は被告の被用者として郵便事務の執行につき、前記の様に重大な過失によつて無効な所有権移転登記手続がなされ、これによつて原告が前記損害を蒙つたものであるから、被告は民法七一五条により原告に対し損害を賠償する義務がある。

仮りに原告が被告に対し直接損害の賠償を請求し得ないとすれば、原告は訴外高野孝治に対し金二、〇〇〇万円の手付金返還債権を有するところ、訴外高野孝治は前記被告の被用者川津信の業務執行中の重大な過失によつて金四、〇〇〇万円の損害を蒙つたので、同人は被告に対し民法七一五条によりその賠償請求権を有しているが、同人は前記のように破産宣告を受けて無資力であるので、民法四二三条により、訴外高野孝治の右権利を代位行使する。

(七)  よつて原告は被告に対し、損害賠償として金二、〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和五〇年二月一一日から支払がすむまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>

理由

第一第一次請求について

一本件は、本件郵便はがきの交付に関する被告の被用者の過失に基づく損害賠償請求であるところ、これに郵便法六八条の規定が適用されるかどうかについて検討する。

(一)  国家賠償法は、国又は公共団体の損害賠償の責任について、公権力の行使に基づく損害賠償及び公の営造物の設置ならびに瑕疵に基づく損害賠償以外のものについては、同法四条により原則として民法の規定によるべきものとし、更に同法五条には、民法以外の他の法律に別段の定めがあるときはその定めによると規定している。そして被告の被用者である郵政事務官が郵便物の配達について過失があり、これによつて損害を加えたときに国家賠償法一条ないし三条の適用がないことは、その業務の性質から明らかであり、又右の場合の損害に関して規定する郵便法第六章損害賠償の各条規は、国家賠償法第五条の特別の規定に当ることは同法の目的、その規定の位置、内容からみて明らかである。

すなわち、憲法一七条に国及び公共団体の賠償責任について規定するけれど、これが賠償責任の制限について合理的理由がある限り許されるものと解するところ、郵便法は、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによつて公共の福祉を増進することを目的(同法第一条)として制定されたものであり、大量の郵便物を限られた施設や人員で、迅速、公平に、しかも誰れでも容易に利用し得る安い料金で処理するに当つては、郵便物が亡失、或は棄損する等の事態が全く生じないようにすることは不可能であり、これによつて生ずるすべての損害について賠償していたのでは、その処理や支払いに多額の費用を要すること明らかであつて、ひいてはこれが料金にはねかえり、一般利用者の負担を重くすることになり、前記の法の目的にそわないことになる。

従つて郵便法六八条は、国が責任を負う事由や金額を特に制限するため設けられたものと解するのが相当である。

(二)  原告は、郵便法六八条は、郵便物の「差出人」又は「受取人」について生じた損害には適用があるが、これに当らない原告の損害については適用がないと主張する。

なる程郵便法七三条には、損害賠償を請求できる者として、当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人とする旨の規定があるけれども、この規定から直ちに郵便法六八条の規定は「差出人」又は「受取人」に生じた損害にのみ適用があるとするのは相当でなく、右七三条は、前叙の法の目的からみて、通常損害を蒙ることが予想される差出人又は受取人に対して損害の賠償をする旨を規定したものであり、これは前叙のとおり賠償請求権者、賠償額を制限した規定と解されるので、これに当らない差出人又は受取人以外の者は賠償を請求し得ない趣旨をも含むものであるから、原告が蒙つたと主張する損害の請求についても適用があると解するのが相当である。

(三)  更に原告は、公務員に故意又は重大な過失があるときは、責任軽減を定める特別法(郵便法)の規定の適用がなく、一般法たる民法が適用されると主張するが、仮りに原告の右主張のように解するとしても、本件郵便はがきの交付については、次に述べる様に故意又は重大な過失があつたものとは認められないので、その前提を欠くものというほかはない。

1 郵便法四六条には、「この法律又はこの法律に基づく省令に規定する手続を経て郵便物を交付したときは、正当の交付をしたものとみなす。」旨規定されているところ、本件郵便はがきが受取人に配達される前郵便局において受領を申出た者に交付した(このことは当事者間に争いがない。)ものであるが、郵便法及びこれに基づく郵便規則を検討すると、郵便規則七三条は郵便物をそのあて所に配達するのを原則とし、「受取人不在その他の事由によつて配達できなかつた場合」に窓口交付する(同規則七四条)ことになつているが、本件郵便はがきは右七四条に当らないから、右規定によることができないものであり、本件郵便はがきを交付した手続について直接該当する規定は見当らない。

2 <証拠>によると、郵便規則七四条に当らない場合でも、利用者から郵便物の早期受領のため、受収人から申出のあつたときは、郵便物を窓口において交付することが行なわれていること、その場合正当受取人であることの確認の方法については法令上明文の直接の根拠がないので、窓口交付の要領を定めた集配郵便局郵便取扱規程(昭和四〇年公達二五号)一六条の要領にならい、身分を証明する資料の呈示を求めて受取人であることの確認をした上でこれを交付していること、本件郵便はがきの交付も、右取扱いに従い、訴外川又正男が三回にわたつて水戸郵便局の窓口を訪ね、郵便の発信人、受取人、内容をのべてその到着の有無を尋ねたこと、同局集配課主事の川津信は訴外川又正男に身分を証明する資料の呈示を求めたところ、自動車運転免許証を呈示したので本件郵便はがきの受取人の氏名と対照したが違つていたため、代理人かと聞いたところ代理人である旨申し立てたので本件郵便はがきを交付したこと(このことは当事者間に争いがない。)、本件郵便はがきは速達郵便であつたため、その配達が急ぐものであつたこと等の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

3 郵便法四六条の規定は、その定める手続に従わなかつた郵便物の交付は、直ちにそのすべてが正当でない交付とみる趣旨まで含むものではなく、交付した手続が必要性、合理性のある限り正当な交付として認め得る場合のあることまで否定したものとは解されないところ、右認定の郵便物の交付手続の慣行は、その必要性のあること明らかであり、その身分の確認方法についても一応は合理性が認められるところである。

問題は、本件郵便はがきがその名あて人ではなく、その代理人と称する者に交付された点である。その点の確認について、単に「代理人ですか。」と質問したに止まり、本人との身分関係(特に本件ではその氏が異る。)、その他代理権の存在を推認する事実関係について何等確めることなく、たやすく代理権の存在を認めた点については、郵便物を取扱う公務員として守るべき注意義務を果さなかつたものというほかはないので、過失があつたものというべきである。しかし、本件郵便はがきが交付された前叙の事実関係のもと(特に本件郵便はがきの交付を受けたものが三度もその内容をのべて到着の有無を尋ねたこと、速達郵便であつたこと、呈示させた証明書が、顔写真がついている自動車運転免許証であつたこと)では、著しく注意義務を欠いたものとは認められない。

(四)  以上のとおり郵便法六八条は、原告の本訴第一次請求にも適用があるので、これに当らない原告の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

第二第二次請求について

一原告の、第二次請求は、訴外高野孝治の国に対する損害賠償債権を代位行使するというものであるが、訴外高野孝治は本件郵便はがきの差出人又は受取人ではないので、前記第一に述べた理由と同じ様に、本件郵便はがきが被告の被用者の過失によつて交付されたことに基づく被告に対する損害賠償請求は許されないものであるから、その余の点について判断するまでもなく理由がない(なお、訴外高野孝治は昭和四六年八月三〇日破産宣告を受けたこと当裁判所に顕著であるところ、原告の代位する訴外高野孝治の被告国に対する損害賠償債権があるとしても、右債権は破産財団に属するものであるから、その管理権は破産管財人に属し、代位請求は許されないものと解するので、この点からも理由がない。)。

第三結論

以上のとおり原告の第一次、第二次請求はいずれも理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (菅原敏彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例